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─4─ 奇妙な命令

Author: 内藤晴人
last update Last Updated: 2025-03-26 20:30:00

 この年、大陸統一歴一四八年は、戦で幕を開けた。

 エドナのマケーネ大公配下ロンドベルト率いる北方方面駐留軍イング隊が、その駐屯地であるアレンタ平原を出、国境を接するルウツ領セナンへ攻撃を仕掛けた。

 対するセナンの国境警備隊は、その黒一色の旗印を見て恐怖を覚え、一戦も交えることなく撤退してしまった。

 それに呼応するようにエドナのアルタント大公は配下のシグル隊を、古都バドリナードにほど近いルウツ皇国領ルドラへ進軍させたのである。

 古の都バドリナードは大帝ロジュア・ルウツが大陸統一の足がかりとした要地にして、現在はその大帝が眠る場所、言わば聖地である。

 それを自らの手中に収め、優位に立つべくルウツ皇国とエドナの両大公家はその機会を虎視眈々とうかがい、牽制しあっていた。

 このままでは、バドリナードはがいずれ二つの部隊から挟み撃ちされ、エドナの手に堕ちるかもしれない。

 その事態を憂慮した宰相マリス侯は皇帝に対し出兵を進言した。

 マリス侯を後見人として即位した病弱なルウツ皇帝メアリはその案を採った。

 かくしてルドラへの出兵はなし崩しに決まった。

 しかし、どの部隊を派兵するかでまた一騒動が起きた。

 宰相マリス侯は、由緒ある五伯家のいずれかを、と提案した。

 一方で皇帝の妹姫で、近衞と皇都の警備を担う『朱の隊』を預かるミレダ・ルウツが真っ向から反対した。

 曰く、今必要なことは、権威や名誉ではなく確実に勝つという裏付けである、と。

 皇国の現状を見ればそれは当然のことであるが、マリス侯は渋った。

 それが犬猿の仲であるミレダの案であり、何よりマリス侯は『蒼の隊』その物を毛嫌いしていたからである。

 だが自らも武人であり、しかも皇帝に連なるミレダの言葉に反論できる者はいなかった。

 そこまでの命知らずは、存在しなかったのである。

 こうして渋々ながらもマリス侯は蒼の隊を派兵することを了承した。

 しかし宮廷でそんな裏事情があったなどと言うことを、最前線の人間は知る由もない。

 ただ

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     諜報機関の知人に会い家に戻ってからというもの、息子は部屋に閉じこもってしまった。もともと自分と居間で話すことなどほとんどなかったが、その様子は明らかにおかしかった。なぜなら教育係による訓練にも出ては来なくなってしまったのだから。 辛うじて乳母が運んでいる食事は受け取っているようだが、それもほとんど食べてはいないようだった。深夜には時折泣き声やうめき声が漏れ聞こえてくるので、たぶん満足に眠れていないのだろう。 そういえば自分も思い返してみれば、初陣を生き抜いて戦場から戻ってきたあとには、しばらくの間眠ることも食べることも満足にできなかった。成人を迎えていた自分ですらそうだったのだ。それを考えれば、無理もないことだろう。 やはり異国の凄惨な光景をいきなり眼前に突きつけられるというのは、年端もいかない息子にとっては、受け入れ難いほど衝撃的なものだったのだろう。命令だったとはいえ、配慮が足りなかった。そう自分自身を恥じた。 そしてふと、自分はあることに気がついた。それまで愛情のかけらすら持てずにどうしたらよいかわからなかった息子のことを、自分は今こうして心配している。加えて、申し訳ないことをしたと後悔の念を抱いている。これは一体、どういうことなのだろう。 自らの中に突如として生まれたもやもやとした感情をうまく整理することができず、自分は室内をうろうろと歩き回る。果たして自分は一体どうするべきなのだろうか。熟考した末ある結論に達し、自分は意を決して息子の部屋へ足を向けた。 息子の部屋の扉は、その心の内を示すかのように固く閉ざされていた。大きく息をついてから、扉を三度叩いた。もちろん返答はない。 けれど、ここで戻ってしまっては、自分は二度と息子と向かいあうことはできない。そう自らを奮い立たせ、扉を押し開いた。 薄暗い部屋の中で、息子は寝台に突っ伏して低く泣いていた。一大決心をしてここに来たつもりなのに、自分は息子に対して何と言葉をかけてよいかわからず、ただ戸口に立ち尽くしていた。 と、不意に泣き声がやんだ。おそらくは私の気配に気づいたのだろう。そして、息子は涙にぬれた黒い瞳をこちらに向けてきた。「…

  • 名も無き星たちは今日も輝く   ─3─ 接触

      敵国内の情報網を統括する知人は、すぐに息子を連れてくるように自分に告げた。それを聞き、自分はとあることを察した。我が国は今、重大な問題に直面しているという話が水面下で持ち上がっていた。息子の目は、その問題を打破するのに適したものだったからだ。 初めて自分と二人で外出すること、しかも外出先が自分の職場と関係がある場所であると知った息子は、年相応の子どもらしく嬉しそうだった。自分はそんな息子に若干の後ろめたい気持ちを感じていたが、これも息子のためなのだと無理矢理に思い込もうとしていた。 自分と息子を執務室に入れると、知人は座るようにうながした。そして、猫なで声で息子に向かいこんなことを言った。「君か。この国を助けてくれる有望な少年は」 初めての場所に加え、それなりの地位を持つ人物に対峙しているということもあり、息子はかなり萎縮しておびえている。かすかに震えながら、無言で一つうなずくのが精一杯のようだった。 その様子を察したのだろう。知人はいかつい顔に似合わぬ笑顔を浮かべてみせた。「そう固くなることはない。話はお父上から聞いているよ。君は見えないけれど見えているんだろう?」 まったく矛盾するようなその問いかけに、息子は戸惑いながらももう一度うなずいた。その反応に知人は満足そうな表情を浮かべると、卓に片肘を付きながら息子ににじり寄る。「どういうふうに見えているのか、教えてくれないか? 私の顔は、どうかな?」 すると、息子はぽつりぽつりと話し始めた。ふくよかな顔に太い眉に立派なひげ。息子は知人の顔の特徴を紛うことなく答える。その言葉は知人を満足させたようだ。にやりと笑うと、知人はおもむろに本題へ入った。「どうだろう、その不思議な能力を、この国のために貸してはくれないかな?」 思いもよらないことだったのだろう。息子は不安げに隣に座っている自分の顔をのぞき込んできた。 無理もないことだろう。いきなりこんなところへ連れてこられ、力を貸せなどと言われるのだから。 知人は鷹揚に頬杖を付き、睨めるような視線で息子を見やった。「

  • 名も無き星たちは今日も輝く   ─2─ よこしまな考え

    翌日、自分は息子と乳母を伴って聖堂へと向かった。 見えざるものに仕える神官にとっては禁忌である殺人をなりわいとする武人の自分である。当然のことながら信仰心などは皆無だ。聖堂など、自分にとってはもっとも不似合いな場所であり、めったに足を踏み入れることのない場所なことは、自分が一番良く知っている。 最後にこの場所を訪れたのは、妻の葬儀のときだったかもしれない。定められた日に行われる礼拝に預かることも皆無であるから、当然息子がここに来たのは初めてのことだった。 そんな信仰に薄い家族が血相をかえて飛び込んできたものだから、この地域の聖堂を預かっている主任司祭は驚いたような表情を浮かべながらも我々を迎え入れた。 光指す祭壇を背にして立つ主任司祭は、向かいあう長椅子に腰をかけている我々を、一体何事かとでも言うように見つめている。 自分は、物珍しそうに堂内を見回す息子に視線を送る。その様子はまるで普通の子どものようだった。しかし……。 意を決して自分は立ち上がり、率直に主任司祭に告げた。どうか息子を診てはくれないか、と。 それでもまだ要領を得ないような主任司祭に、自分はそれまでのことをとつとつと語った。 知っての通り、自分の妻は息子をこの世に生み出すのと引き換えにその生命を失ったこと。 妻が護ったとも言える息子は、武人の跡継ぎとも言える立場にあるのに目が見えないこと。 このようなことが重なり、自分は息子をずっと愛せずにること。 そんな息子が昨日、顔に傷を負った自分を前にして、それを心配する言葉を投げかけてきたこと。 今まで胸につかえていたことを一息に話し終えると、自分は力が抜けたかのように長椅子に深々と腰を掛けた。一方の主任司祭は、時折うなずきながら自分の言葉にじっと耳を傾けていてくれていた。 では、少々お待ちください、そう断ってから、主任司祭は乳母と共に聖堂の調度品について語り合う息子をしばらくと見つめる。それから息子と乳母の方に歩み寄った。 息子のかたわらに立った主任司祭は、息子に向かい事細かに聖堂内の彫刻や調度品について説明を始める。息子は黒い目を輝かせてその説明を聞いていた。 その様子を注意深く見ていると、主任司祭は息子の目の前で指を動かしてみたり、遠くにある彫刻を指さして息子の目

  • 名も無き星たちは今日も輝く   第二章 第一部 漆黒の瞳 ─1─ 武人の子 

     息子や娘という存在は、無条件に愛せるものだ。親にとって自らの血を分けた存在であるならば、なおのことだ。 自分は、ずっとそう思って疑わなかった。 けれど、実際自分が親という立場になってみると、その考えは単なる理想論に過ぎない、そう思い知らされたのである。 自分はこの国ではありふれた中流の武人の家に生まれた。なんの疑いもなくその職業を継ぎ、戦場ではそこそこ武勲を上げた。その結果かどうかはわからないが、縁あって上官の息女を妻として迎えることとなった。 初めて会った上官の息女は、無骨で無愛想な上官に似ても似つかないほどの美しく優しい女性で、特につややかな黒い髪と瞳が魅力的な人だった。 はじめのうちこそぎごちない共同生活を送っていた自分たちではあったが、日々を共に過ごすうち自然と愛情が芽生え、それは小さな形になった。 けれど愛情の結晶が息子という形でこの世に生まれ落ちた瞬間、妻はそれと引き換えにあっけなくこの世を去った。 子を産むという行為は、女性にとっては命がけのことだ。 そう頭では理解していたつもりではいたのだが、その事実を目の前に突きつけられた自分は、泣きわめく息子と冷たくなっていく妻を前にして呆然と立ち尽くすことしかできなかった。 けれど、武人という立場上、戦乱が続くこのご時世では妻の死を悲しんでばかりはいられない。 自分は戦のため家をあけることが多く、息子の世話は信頼の置ける乳母や召使いに任せ切りだった。 そして、家に戻っても何かと理由をつけ、自分は息子と向かい合おうとはしなかった。 その理由は、息子の容姿にあった。 黒い髪に黒い瞳を持つ息子の容姿は、失った妻を彷彿とさせ、なんとも言えない気分になる。 愛憎入り混じった感情、そう言ってしまえば簡単だが、そう単純なものではない。 だが下手をすると、自分はふつふつと湧いてくる複雑な感情から息子を手にかけてしまうかもしれない。 それが一番恐ろしく、自分は息子に会わないようなしていたのである。 そんなある日、戦から開放され自室で酒をあおっていた自分の

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